↑前回
夜行列車全廃を控えた北海道を巡る旅も後半に差し掛かってきた6日目、9月6日。
夜明けの釧路の街を東へ急いだ。薄くかかった雲が水の鏡に姿を映し、シックな街並みも手伝ってさながら北欧の水郷のような雰囲気を醸し出す。名物の朝霧こそ出ていないが、「日本のロンドン」という異称にもなんとなく合点がいく。
この日の出発駅は東釧路駅。釧路市街から釧路川を挟んだ東側にある。閑静な住宅街に囲まれて倉庫のような煉瓦積みの駅舎が建ち、やはり欧風の情緒をほの感じられる。
中に入ろうとすると、建物の趣に反して味気ない引き戸の内側からバタバタと物音がする。薄明も手伝って流石にビビらずにいられなかったが、かといって人影でもないようだ。程なくしてガラス窓から外に出ようともがく小さな影を捉える。鳥だ!
かわいい(かわいい)。
エゾビタキだろうか。本州ではあまり見ない顔である。外へ運び出してやると元気に飛び立っていった。
駅舎とホームは構内踏切で連絡している。画像奥に写っているのは根室行きの列車だが、これから旅程を共にするのは釧網本線・網走行き。発着ホームも手前側である。
北へ進み遠矢(とおや)を過ぎると、列車は雄大な釧路湿原を縫うように走る。水面や草木の狭間で命のバトンを繋ぐ生き物たちの喧騒を想うだけでも心が弾んだ。
20数kmにも及ぶ湿原地帯を抜け、そのまま標茶、弟子屈(摩周)、川湯といった町々を突っ切る。
清里町域からは右手に百名山・斜里岳の秀峰が聳える。成層火山であり、より海側の羅臼岳とともに世界遺産知床を象徴する山でもある。
線路は知床斜里で西へと大きく向きを変える。車窓には陽光に煌めくオホーツク海。この旅の中で日本海、太平洋ときて実に三つ目の海域である。ここから網走市街までしばらくこのオホーツク海岸沿いに西進することになるが、せっかくなので途中下車して寄り道。
二つの海を繋いだ小さな気動車から降り立った先は鱒浦(ますうら)駅。トラウト好きとしてこの駅名に惹かれずにはいられなかったのだ。木彫りの鮭や鱒があしらわれたこぢんまりとした駅舎がほほえましい。ホームは国道244号線から一段上がった高台にあり、駅舎の窓越しに海が見える。素晴らしい!
目の前の海岸へ下りてみた。砂浜が南へと続くが、北側は網走港とこの地区を隔てる急な崖になっておりその境目に鱒浦漁港がある。
漁港ではサケ釣りの太公望が糸を走らせる。魚談義に花を咲かせていると、一人が誇らしげに釣ったばかりのサケを見せてくれた。そろそろ彼らも産卵のため川を遡る時期、それを象徴する婚姻色・通称「ブナ」模様がうっすらと浮き出ている。
釣り人と恵みの海に別れを告げ、網走駅へと急ぐ。鱒浦から2駅しか離れていないとはいえ、釧網本線の便数はとてもではないが市内交通に活用できるような代物ではない。バスに頼ることにした。
網走駅。旭川や札幌へと特急列車が走るオホーツク海観光の玄関口である。終着駅とはいえ、網走自体が帯広や釧路のような大きな市ではないため駅舎は割合コンパクトな印象であった。
石北本線の遠軽(えんがる)行き列車に乗り込んで駅を後にすると、女満別まではしばらく網走川、次いで網走湖に沿って走る。北見盆地を抜けて山に分け入った辺りの無人駅・金華で8分ほど停車。
この時点でもう2016年春の廃止が決定していた駅であった。停車時間で駅周辺を軽く探索することにした。
留辺蘂(るべしべ)の市街地から距離的にそこまで離れているわけではないが、周辺に民家は殆ど見当たらない。とはいえ長い山越え区間の南端にあたる駅のため、網走・北見方面からの折り返し列車も存在した。現在はその役目を西留辺蘂駅に譲っている。
駅舎。有人駅時代の面影を残す。心霊好きにはあまりにも有名な常紋トンネルの最寄駅であり、駅舎内には慰霊碑がある旨の掲示がなされている。
常呂郡・紋別郡の頭文字を取って命名された常紋トンネルを抜けてしばし原野を走行すると終点の遠軽に到着。全国でも珍しい平地スイッチバックの駅である。
ホームの発車標には、1989年に廃止された名寄本線の名残である「紋別・名寄方面」の表記が残っていた。スイッチバック構造自体も名寄・石北両線の乗換駅となっていた歴史的経緯に由来するものである。
築堤上に設けられたような駅舎。合併を経ても人口1万人台という小さな町であるが、周りに大きな町がなく旭川や北見へも遠いためそれなりの拠点駅として機能している。駅そば屋や、この時点ではKioskもあり(2015年11月に閉店)、旅の休憩地点として有難い存在であった。
腹ごしらえもそこそこに旭川行きの列車に乗り継ぐ。◯白滝という駅名が4連続で続くが、このうち3駅は先ほどの金華駅と時を同じくして廃止されてしまった。この辺りから大雪山系の急峻な峡谷に分け入り、その峠越えにあたる地点である上越信号場(上越駅跡)では2〜30分運転停車。白滝から上川まで40km以上も行き違い設備がないために、このようなダイヤ上の制約が生じることとなっている。
この日も旭川に宿を取る。北海道第二の都市という以上に、道内周遊の中継地点として欠かせない存在である。