なまずのねどこ

ちょっとオタク寄りな旅の記録。B級スポットとか県境とか駅とか魚捕りとか。常にどこかに出かけていたい負け組大学生。

アオミオカタニシ

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沖縄本島で採集したアオミオカタニシ Leptopoma nitidum。いかにも南国チックな色彩が映える非常に美しい陸貝です。

鮮やかな青緑色は殻の色ではなく、白く透明感のある殻越しに内臓が透けて見えることによるもの。眼は一般的なカタツムリとは違って触角の付け根についており(基眼)、陸棲でありながらタニシに近縁なこの仲間を特徴付けるものとなっています。くりっとしてかわいいお目々でしょ。

 

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樹上性の種で、生息地ではこんな感じで葉っぱにへばりついていました。背丈の低い草本にはあまり見られなかったので、あくまである程度高さのある木を好むようですね。

タカベ

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伊豆大島で釣獲したタカベです。漢字で書くと「鰖」。

地元の関西ではなかなか見る機会に恵まれませんでしたが、伊豆諸島では特に多く見られるようです。鮮やかな色彩と端正な体型に惹かれ、釣ってみたかった魚の一つです。

 

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伊豆大島の遊歩道にも他の名産品とともにタカベが描かれており、地魚として親しまれていることが伺えます。

分類については紆余曲折がありますが、イスズミ科の魚はかなり近縁にあたるようです。

 


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確かに、明らかな体高の違いを除けば、体側の多数の縦条など、共通した特徴は多いようにも思えます。

知る人ぞ知る高級魚という側面も。大型になるわけではないので、数釣りで豪快に舌鼓を打ちたい魚です。

岩国の石人形とニンギョウトビケラ

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山口県岩国市の錦帯橋周辺では、厄除けのお土産や郷土玩具として「石人形」なるものが売られています。

 


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昔から城下町岩国を代表する伝統工芸品ですが、ひとつひとつの人形は人間が作ったものではなく、その正体はニンギョウトビケラという水生昆虫が川底の砂利を自らの吐く糸で縫い合わせて作った巣。流れの速い清流の岩に固着する形で、主に付着藻類を食べて生活しています。水中生活をするのは芋虫のような幼虫期のみで、羽化すると小さな蛾のような姿になります。

ニンギョウトビケラという昆虫自体は、良好な水質が保たれている川であればかなり普通に見られる生き物です。写真のように、錦帯橋の下を流れる錦川の河原でも簡単に見つけることができます。ことこの界隈では治水のために錦帯橋に埋められ人柱となった少女の生まれ変わりという伝承があり、大自然と人間との関わりを背景に育まれた民話の流れをくむ工芸品として親しまれるに至っています。

 


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岩国市街方面から錦帯橋を隔てた錦川右岸にある岩国石人形資料館です。入場無料。

数分もあれば一通り見て回れるこぢんまりとした施設ですが、石人形を使った観光客向けのお土産も多数あり、生き物オタクとしても民俗学好きとしても一押しのスポットです。

洋上の白煙・伊豆大島三原山

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明けましておめでとうございます。相変わらずイレギュラーな更新頻度とはなりそうですが、今年も当ブログをよろしくお願いします。

僕はというと元日朝の便で伊豆大島に渡って、離島でのスローな正月を味わってました。今回はその行程のメインディッシュともいえる三原山について。

 


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伊豆大島は、他の伊豆諸島の島嶼と同じく火山島です。太古から続く大地の息吹は温泉や独自の景観など多くの恩恵を齎しますが、直近では1986年に大噴火を起こしていたりと牙を剥くことも多い気まぐれな島。

行政区分では東京都に属するため、境界標やマンホールの蓋などには東京都の紋章が刻まれているほか、島の車は全て品川ナンバーとなっています。

 

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島の北端に近い岡田港の風景。

伊豆大島の玄関口となる港は元町・岡田の2か所あり、その日の海象によって当日の朝にフェリー発着港が決定されます。三原山登山口行きのバスも、当日の発着港から出発します。

 


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真っ黄色のバスに揺られ、岡田港から30分足らずで登山口に到着。

ちょっとした土産物屋や茶屋もあり、溶岩無料テイクアウトという太っ腹?なサービスが目を引きます。中に空洞が多く軽いため、パッキングに余裕があれば是非貰っていっちゃいましょう。

 

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この辺りから三原山内輪山の山体が一望できます。基本的には見渡す限りの荒野ですが、ところどころで椿が自生しています。

 


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数は少ないものの、登山道の脇には急な噴火から身を守るための避難壕が鎮座します。因みに、同じく活火山である霧島山系でも同様の構造物が見られます。

 


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1時間ほど歩き、外輪山と火口を隔てる急坂を登り切ると、下界の眺望に優れる内輪山沿いの尾根道に到達。周辺には三原神社の鳥居や水準点があります。

 


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海と荒野の織りなす風景を堪能しながら歩を進めましょう。南側には伊豆諸島の島々が見えてきます。一番手前の円錐形の島が利島 (としま) です。

 


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三原山の最高峰・三原新山の頂上付近には、熱気の噴出口の名残としてチムニー状の構造が見られます。すり鉢状の巨大な火口はこの辺りで最も間近に見ることができます。

 


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内輪山の東側、黒々とした火山灰が一面に広がる裏砂漠。実は日本で唯一の正式な「砂漠」なのです。

 

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果樹園の敷地のような小径を抜けると、三原山温泉に到着。約2時間半、8kmほどの道のりです。露天風呂で気持ちよく汗を流してから、岡田港へ戻るのでした。

日本一海に近い百名山・開聞岳を攻略する

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先月中旬に登ってきた薩摩富士こと開聞岳についてです。その美しい山容を買われ日本百名山のひとつとなっていますが、標高は1000mに満たない単独峰であり名声の割に登頂の敷居は低い山だと思います。

他の九州島内の百名山の例に漏れず火山活動によって生成された山で、周辺の至る所で温泉が湧き出たり麓の砂浜ではカンラン石(ペリドット)が産出したり…と産業や文化に齎す恩恵も多く、薩摩半島南部のシンボル的存在となっています。

 

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登山口へのアクセスはJR指宿枕崎線開聞駅から。簡素なホームに屋根だけが設けられた無人駅です。

運行本数はかなり少ないです。鹿児島中央方面からの直通列車があるのは魅力ですが、遠方からだと指宿近辺に宿を取った上で便数の多いバスをチョイスする方が得策かも。

 

 


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円錐形の山容を正面に見据えつつ登山口へ向かいます。途中で横切るJRの踏切はその名も「登山」踏切日田彦山線の「爆発」踏切に勝るとも劣らないインパクトのあるネーミングです。

 


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麓から頂上までは一本道なので、トイレ休憩等は登山口で済ませておきます。

 


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海風が吹きつけるせいかさほど植生は密ではなく、木々の途切れる地点ではところどころで長崎鼻(薩摩半島最南端にあたる岬)が拝めました。写真は五合目にて。

 


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登山道の脇でセンチコガネを発見。これまた火山によって形づくられた洞穴なんかも横目に見ることができます。自然の恵みを味わいつつ歩を進めましょう。

 


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麓から2時間ほどで登頂。標高924m。ほぼ0m地点から登ることになるため勾配はややきついですが、山頂付近の絶景には疲れも忘れて見入ってしまいます。

ひとしきり堪能した後は一気に下ってしまいましょう。七合目付近には足場のよくない剥き出しの岩場もあるので注意です。

 

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下山後は、以前も記事にしたオリビンサンドを拾って帰りました。適当に浜の砂を掬うだけでもかなりの量が含まれているのでお土産にも悪くないですね。

県境探訪 イオンモール高の原@京都府木津川市/奈良県奈良市

今回は県境シリーズの中でもかなりメジャーな部類の物件。

 


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京都と奈良の府県境にまたがる広大な敷地を持つイオンモールです。最寄駅の近鉄高の原駅奈良市所在ですが、店舗全体に占める敷地の割合としてはむしろ京都側の面積の方が広く、正式な書類上の所在地も京都府木津川市となっています。

 


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敷地内を横切る県境が利用客にも分かりやすいようにわざわざアピられている点が面白いですね。京都府側と奈良県側の店舗で最低時給違ったりするのかな?

 


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ショッピングフロアに比べるとあまり目立たないですが、駐車場にも県境を示す線が引かれています。画像のオレンジ色の点線がそれです。

ご丁寧にも、駐車場の柱に振ってある番号の下にはしっかり府県名が。何か営業上の意義があるのかは分かりませんが、場内で境界を跨ぐ度にカーナビが「京都府に入りました」「奈良県に入りました」を連呼する様は想像するとなかなかシュールそうです。

日田彦山線 災害運休区間(添田~夜明)の現状 Part2 筑前岩屋・彦山

前回の続きです。

 

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大行司駅の次に向かったのは筑前岩屋駅日田彦山線の線路は彦山駅との間の山岳地帯を釈迦岳トンネルで貫いていますが、並行して峠を越える道路が低規格で大型車両の行き来が難しいため、代行バスは大きく西側に迂回するルートをとります。そのため、添田方面から筑前岩屋へのアクセスはかなり煩雑なものとなってしまっています。

 

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筑前岩屋駅前のバス停から宝珠山川を跨いで駅舎側へ向かう道路のいくつかは(おそらく水害により)寸断されていました。2か月あまりが経った現在では橋は完成しているようです。ただ、この地に再び日田彦山線の汽笛が響くことになるか否かは未だ議論の最中であり、この橋が駅の利用客を渡すという日の目を見られるのか複雑な心境にもなってしまいますね…

 

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筑前岩屋 ちくぜんいわや -JR日田彦山線

向かって奥側が日田方面、手前が添田・小倉方面です。見ての通り添田方面の線路が剥がされ、車止めが設けられています。長大トンネルを抱えるこの区間の整備や保線に莫大な費用がかかることは想像に難くありませんし、鉄道での復旧よりバス専用道としての再起を図る妥協案も現実味を帯びてきているのかもしれません。

 

再び大行司駅へ戻り彦山方面へ。

 

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■彦山 ひこさん -JR日田彦山線

山岳信仰の対象として名高い英彦山(ひこさん)の玄関口として栄えた駅です。無人駅になってしまってはいますが、立派な駅舎は戦前から残る建築で、近隣で発生したかの二又トンネル爆発事故(wikipedia)では半壊に至りながらも耐え抜いて現在に至ります。

 

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駅から南へ徒歩20分ほどの場所にある「爆発踏切」も事故の名残として命名されたもの。彦山駅方面に見える写真の切通しは「事故現場である二又トンネルが爆発して山ごと吹き飛んだ痕跡」なのです。ちょっと理解が追いつきませんね…

この壮絶な事故にまつわる慰霊碑なども近くに建立されているようです。戦後の混乱の中で起きた悲劇として、風化することのないよう語り継がれていくことを切に願っています。

 

この後は引き続き次の代行バス添田駅へ。そのまま折り返しの小倉行き列車に乗り、次の目的地へ向かうべく筑豊の地を後にしました。