なまずのねどこ

ちょっとオタク寄りな旅の記録。B級スポットとか県境とか駅とか魚捕りとか。常にどこかに出かけていたい負け組大学生。

2023年度上半期の遠征を振り返る その1

1年4か月ぶりの更新です。

激務その他諸々のしがらみで、なかなかブログを更新する余裕もなく、放ったらかしになってしまっていました。申し訳ありません。


とはいえ、趣味の釣り・魚探しや旅行の方はちょくちょく(というか毎週のように)謳歌しています。東京の人波に揉まれてしおれてしまっているわけでもなく、至ってピンピンしております。

読者諸氏におかれましては、次に私の気が向くタイミングを気長にお待ちいただければと思います。


私生活の大きな変化として、横浜から湘南エリアに引っ越し、自家用車が使えるようになりました。職場から遠くはなりましたが、やはり毎週のように海や川へ繰り出す魚バカにとって車は大変便利な代物で、通勤以外で電車を使うこともほぼなくなりました。近場の偵察に、遠征に、獅子奮迅の活躍をしてくれています。


さて、前置き(言い訳?)もそこそこに本題へ。

車を手に入れてから結構やりたい放題していましたが、1つ1つこまめに記事にする余力はないので、ここ半年くらいの主要な遠征釣行等を2回に分けてダイジェスト形式で振り返る形にしようと思います。


■奥日光トラウト強化月間 5月中旬〜6月中旬


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私事で栃木方面に通う機会が多かったこともあり、5月の渓流解禁後はタガが外れたように奥日光でトラウト釣りに興じていました。

小雨のぱらつく湯ノ湖ではおかっぱりからの遠投ウキ釣りでヒメマス、湯川ではミャク釣りでカワマス(ブルックトラウト)を仕留めました。

湯ノ湖は魚の持ち帰りができますが、湯川は農林水産省が研究用に直轄している水域であり、資源調査への協力という名目で釣りを許可されている形なので、全リリースが義務付けられています。見回りも徹底されており、疑いの目を避けるためにもビクは持ち込まないのが無難です。

数回の釣行を通して、湯川は上流側の湯滝レストハウスあたりからを丹念に釣り下るのが一番良いのではないかなと感じました。

メインターゲットであるカワマスは北米からの外来種ではありますが、火山地帯故の元来の魚類相の乏しさ、遊漁対象としての有用性、拡散力や繁殖力の弱さ等、様々な要因から行政による保護の対象となっているレアなケースです。ルールを守って"トラウトの聖地"奥日光での釣りを楽しんで行きたいですね。


会津エリア開拓 5月中旬〜6月中旬


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先述のように、よく栃木県に通っていたので、隣接する福島県会津地方へも何度か出かけました。ほとんど情報がないので、Googleマップで目星をつけたポイントをしらみつぶしに巡り、ガサガサなり釣りなりするのが基本的な動きです。貴重な太平洋系陸封型イトヨ、ヤリタナゴ、ゲンゴロウなど色々見つけましたが、本命のキタノアカヒレタビラとは結局出逢えず。

会津に行くたびに喜多方ラーメンを食べていた気がします。安くて美味しいご当地ラーメンでスタミナ補給し、芦ノ牧温泉で汗を流して帰る。良き釣り、良き食べ物、良き温泉がセットになれば、仕事のしがらみなどどこ吹く風。


■雨後の琵琶湖ナイト 6/3(土)〜6/4(日)


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かなり前から計画して予定を調整していたものの、豪雨で東海道新幹線が止まってしまい、結局京都到着が土曜の夕方になったという受難の遠征。車が使えないタイミングだったため、節約のために横浜→(東海道)→京都→(北陸)→東京・横浜という経路の一筆書き切符を買い、張り切って金曜時点で出発してしまったことが仇となってしまいました。

とはいえ、車を出してくれた知人・ドンコ君(@JapaneseLoach)の協力により、ライトを装備して夜通し琵琶湖周辺を探索するというワクワクする行程に。この時期に産卵のため水路に遡上するビワコガタスジシマドジョウ、接岸するビワヨシノボリに続き、現地で偶然合流したフォロワーと協力して弁天ナマズビワコオオナマズを捕獲するなど、熱い琵琶湖ナイトを過ごせました。ナマズたちは岸からかなりの数が目視できるほど活性が上がっており、新幹線が止まるほどの雨が降ったことが奏功したようです。

日曜は切符の経路通り北陸経由で帰浜。東尋坊に寄り道したり、焼き鯖寿司や8番ラーメンなど北陸グルメを堪能したりしつつ、車内でテレワークして帰りました。


■秋田・山形新規開拓 7/15(土)〜7/17(祝)


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3連休を使って東北日本海側へ。雨男を自称する私、今回も秋田市街が冠水したあの豪雨に翻弄されることとなりました。

雨の合間を縫って会津で出逢えなかったキタノアカヒレタビラのポイントを開拓したり、堤防で小物釣りに興じたり、岸壁の藻の中からタツノオトシゴを探したり。

秋田へは、東北道→秋田道、東北道→東北中央道、関越道→日東道などルートの選択肢が多いのが地味に嬉しいポイントです。福島JCTから東北中央道に入り、米沢〜東根あたりだけ下道を使うと高速代が安く済んでおすすめです。

 

その2に続きます。

熱海の有人離島 初島日帰り旅

お久しぶりです。

実に半年ぶりの更新となります……

 

就職に伴って関東に転居しておりますが、相変わらず土日を中心に暇を見つけては釣りや旅行に繰り出す毎日です。

ブログに関しても、今までと同じようなテイストで綴っていくことになると思いますので、ご安心ください(?)

何卒よろしくお願いいたします。

 

さて、今回は上京後初めての島旅のお話です。

金曜の夜、仕事終わりに竹芝や横浜からさるびあ丸で伊豆諸島行き…なんてのもロマンがありますが、

なかなか機会が作れず…

 

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というわけで、熱海沖の相模湾に浮かぶ初島に日帰りで行ってまいりました。

伊豆諸島の多くの島々と同じく火山島で、静岡県唯一の有人離島でもあります。

 

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そんな初島の玄関口は熱海港。熱海駅から頻繁にバスが出ていますが、歩いて行くこともできる距離です。

かつては伊東港からの航路もあったようです。

 


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熱海港から初島までは高速船で30分の道のり。カーフェリーの便はありません。

出航すると後方左手に熱海城が見えてきます。

 


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半日程度で十分堪能できる大きさの島ですが、めちゃくちゃ小さい島というわけでもありません。徒歩で一周するのに1時間くらいはかかると思います。

中心集落である宮ノ前地区は、観光客向けの飲食店やダイビングショップで賑わっていました。

 


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火山活動によってできた島だけあって、溶岩でできた荒々しい磯の海岸が広がっています。

イカが名物なのかは知りませんが、公衆トイレはイカ仕様となっています。すごい表情ですね。

 


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島のてっぺんにある初島灯台は、中に入って景色を堪能できる貴重な灯台です。残念ながら富士山は雲がかかっており見えませんでしたが、南東の海上伊豆大島を拝むことができました。

 

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一通り散策し終わったら、港に戻ってお待ちかねの釣りタイム。

ちょこまか移動する行程に障ることを危惧して最低限の道具しか持っていないので、手短に済ませて熱海で温泉でも入って帰ろうという目論見です。

 


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浮きサビキと胴突き五目で、シマアジやタカベの他、マアジ、スズメダイ、クロホシイシモチ等が釣れました。クーラーボックスを持ってきておらず、シマアジは隣にプレゼント。

アカハタが釣れるとのことなので、ブッコミ用の道具も持って来ればよかったですかね。

 


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本土に帰還後は熱海駅前の公衆浴場で汗を流しました。観光客受けのいい豪奢な温泉施設より、どちらかというとこういう素朴な温泉の方が好きなのです。

日曜の夕方にもかかわらず、客が私一人という有様。いい湯でした。

 

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温泉街の台湾料理屋で夕食を平らげてから、東海道線で横浜の自宅に帰還しました。

近くて遠い秘境の島 黒島・薩摩硫黄島の旅 3日目

1月10日。民宿の朝は早い。昨日と同じ6時半頃に起床。

健康的な朝食を済ませた後、昨日仲良くなった業者さんの車に同乗し、島の南東にある "究極の露天風呂" へと向かう。

集落から悪路を10分ほど走って到着。

 

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名を東温泉といい、目の前の海を眺めながら岩盤をくり抜いただけの浴槽に浸かるという野趣溢れる温泉である。

 


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城跡のような申し訳程度の脱衣所があるが、浴槽から少し距離があるのですぐ湯冷めしてしまいそうだ。浴槽の側で服を脱ぎ入浴する。

 

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緑色がかった浴槽は3つに分かれており、源泉の弁をひねって流量を調節し、好みの温度のお湯にできるという仕組み。

少し時化ればそのまま波が入ってきそうな近さである。海水は硫黄島港内と同様、火山噴出物の影響を受けて黄色みを帯びている。

 


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火山の島ならではのワイルド風呂を堪能した後は、島一番のポイントという大浦港へ移動し釣り糸を垂らす。

 


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小〜中型のイスズミ類が入れ食いであった。写真のテンジクイサキはイスズミとよく似るが、臀鰭が長いことにより見分けられる。1時間ほどであったが、シロタスキベラ、オジサン、スズメダイ複数種など魚種の多いポイントで、楽しい時間を過ごせた。

 

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同行のオジサン…ではなくおじさま方はエギングでアオリイカを掛けまくっていた。大きめのイスズミとイカ数杯を宿に持ち帰ることとなった。

 


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集落方面へ移動する前に島の北側の坂本温泉に立ち寄ったが、海水が侵入してプール状態となっており、とても入浴できる状態ではなかった。

 


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魚とイカを持ち帰り、宿のお母さんに調理していただく。イカ刺しとシツオ(イスズミ)の唐揚げ。これに加えてカレーも振る舞われた。3食つきであることは聞いていたが、ここまでしていただいて正規の宿代だけでいいのか。頭が下がる思いである。

イカは刺身にしていただいた分以外にもかなりの量があったので、宿の冷凍庫に仕舞われて後の宿泊客の胃袋に入ることになるようだ。

 

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その後チェックアウトを済ませ、お世話になった宿とご夫婦に別れを告げる。業者のおじさま方は鹿児島まで同じ船である。

少し余裕を持って乗船券購入&離島カード入手後、残った餌でギリギリまで堤防で粘る。

 

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オジサンとオキゴンベが釣れてくれた。

 


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13時35分。荷降ろしが早く済んだようで、定刻より5分早く硫黄島港を出港。来た時と同じく、ジャンベの演奏でお見送りしてくれる。ありがとう。いい思い出になりました。

 


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この日のみしまは鹿児島を出航して各島に寄港後、黒島から直行で鹿児島に戻るダイヤである。硫黄島出港後6時間で鹿児島港に帰着。

奇しくも自粛要請期間に突入するギリギリとなってしまった今回の島旅だが、海の恵み、大地の恵み、そして島の人の温かみに触れる無二の時間を過ごすことができた。また再び全ての人が臆することなく旅を謳歌できるよう、コロナ騒動の早期終息を祈るばかりである。

近くて遠い秘境の島 黒島・薩摩硫黄島の旅 2日目

1月9日。6時半に起床。朝食の前に、役場出張所へ乗船券の購入に向かう。

懐中電灯を携えて坂を登っていると、軽トラに乗った男性に声をかけられた。

この方も乗船券を買いに行くという。お言葉に甘えて乗せていただいた。

 

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棚ぼたで離島カードの入手にも成功。

宿で朝食をいただいた後、みしまの乗船開始まで30分ほど釣り糸を垂らしたものの、朝マズメの時間帯に間に合わず坊主であった。

 

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8時ちょうどに出港。同じ黒島の大里港を経由し、隣の硫黄島まで約2時間の船旅である。宿のお母さんがお弁当を持たせてくださった。

 

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昨日とは打って変わって爽やかな冬晴れで、硫黄島の黄色い海面も色鮮やかに我々を出迎えてくれる。

 

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船は予定より少し早い10時頃に硫黄島港に入港した。昨日と同じように、島民の方々がジャンベを叩いて出迎え。

 

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役場の硫黄島出張所は港の待合所を兼ねているが、観光案内所は別の場所にあった。ジオパークを推していたりと、三島村の3島のうち最も観光色の強い島である。

 

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本日の宿は「マリンハウス孔雀の里」さん。硫黄島には鹿児島空港行きセスナ機の発着する飛行場があるが、やはり殆どの入島者はフェリーを使うため、その日の船が出た後であれば午前中であっても基本的にチェックインOKとなるようだ。

また、この時の送迎の車の中で知ったのだが、東京や沖縄などでのオミクロン株の感染拡大のため、三島村では1月12日以降当分の間観光目的での来島の自粛要請を出す方針であるという(実際その通りになった)。11日にみしまの便はないため、図らずも感染者減少による観光解禁期間の実質的な最終日に硫黄島を後にする滑り込みセーフの旅程となってしまった。

 

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荷物を置き、昼飯の弁当を食べてから島の散策へ向かう。

人口では黒島に引けを取る硫黄島だが、人家が港を中心とした1つの集落に集中しているため、急峻な地形で集落が分散する黒島よりも聊か都会的な景観を呈する。三島村の中心的な立ち位置の島として、郵便局や駐在所、小中学校などが急崖に囲まれた僅かな平地に集まっている。

 

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集落内には壇ノ浦の戦いで入水したとされる安徳天皇墓所がある。説明板には、幼くして鬼界ヶ島(硫黄島)に逃げ延びた安徳帝は66歳で亡くなるまでこの地で隠遁の生活を送ったという旨の説明があるが、眉唾…というかおそらく史実に基づいたものではないだろう。とはいえ、この硫黄島には同じ平安時代の僧・俊寛の流刑に関する言い伝えも残っており、この地域が古くは中央政権の統治の及ぶ南限に近い辺境であったことを伺い知ることができる旧跡である。

 

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少し山の方に入っていくと、野生化したクジャク(インドクジャク)の群れを見ることができた。島の方に話を聞くと、このクジャクは沖縄がアメリカ占領下にあった時代の離島ブームの名残のようだ。硫黄島でリゾート開発が行われた際に持ち込まれたものが脱走し、現代にわたるまで命を繋ぎ続けているという。クジャクが啄むために野菜が作れないということであるが、この野生のクジャクを一目見んと来島する観光客もいるようで、外来種の功罪というものをひしひしと感じさせた。

 

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島の西側、飛行場や大浦港に通じる道路からは、港周辺の集落が一望できた。この巨大な崖は鬼界カルデラの外輪山の一端をなす地質学的にも貴重なもの。ジオパークの名は伊達ではないようである。

崖の頂上へと続く坂道を登り切った後に西岸へと続く斜面は幾分緩やかで、飛行場もこの辺りに建設されている。荒れ地の向こうに黒島を望む荒涼とした風景が広がる。

 

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硫黄島南端にあたる恋人岬から、黄土色に染まった硫黄島港と噴煙を上げる硫黄岳を望む。先ほどの断崖の先端部である。

 

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来た道を少し戻り、硫黄島のもうひとつの玄関口である薩摩硫黄島飛行場へと立ち寄った。滑走路の入り口に簡素な待合所が設けられているだけのこぢんまりとした飛行場である。鹿児島空港行きのセスナ機は毎週月・水の週2運航で、運賃は片道30000円となっている。

 

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硫黄島は硫黄岳河口周辺と集落部を除いて緑に覆われているが、頻繁な火山活動や土壌の影響か、高木はかなり少ない。森林の殆どは他の2島にも共通する大名竹の竹藪と、椿畑である。ちょうど椿の花が見頃を迎えていた。

 

集落へと戻る頃には14時を回っていた。集落より東側は散策できていないが、明日の出港は昼過ぎなので、時間はたんまりある。

あの黄土色の海で魚は釣れるのかという好奇心が募り、竿とクーラーを携えて港へ向かった。

 

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硫黄島港外側の防波堤からの風景。青以外の色の海で釣り糸を垂らす機会はこの先果たしてあるのだろうか。

 

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寒さのせいか当たりは少なく苦戦したが、メギスを釣り上げすんでのところで坊主は免れた。カフェオレ色の水面の下に魚はちゃんといたのである。

硫黄島上陸時は青空だった空模様もみるみる間にご機嫌斜めになり、雨も降りだす有様。島の天気は気まぐれである。日没を前にしてあえなく撤収した。

 

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宿へ戻り、部屋でしばらくゴロゴロした後、食堂へ向かう。さかなクン硫黄島を訪れた際にこの宿に泊まったらしく、絵やぬいぐるみが飾られていた。メアジいいなぁ。

カフェオレの海で釣りあげられたスジアラの魚拓も。スジアラいいなぁ。

 

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晩ご飯は島で獲れた魚のフルコースであった。ナンヨウカイワリとクロ(クロメジナ)の刺身、イケカツオのフライ、クロの唐揚げ。特にナンヨウカイワリの刺身は本当に美味しかった。

鹿児島から工事で来ているという業者の方の3人組と、宿のお母さんを交えた魚談義で意気投合し、翌朝に車で釣りポイントに連れて行っていただけることになった。海の恵みと人の温かさに感謝感激雨あられである。

近くて遠い秘境の島 黒島・薩摩硫黄島の旅 1日目

年明けムードも冷めやらぬ1月第2週の3連休。コロナが再び猖獗を極めないうちに行っておかねばと、薩摩半島の南方に浮かぶ三島村の2島を2泊3日で旅した。

 

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3つの有人島からなる三島村。実に単純明快なネーミングである。薩南諸島の北端にあたり、元来下七島(トカラ列島)とともに十島村を構成していた経緯から、上三島などとも呼ばれている。

人口は400人を少し超える程度。同じ鹿児島県の屋久島や奄美大島のように観光で賑わうわけでもなく、大きな産業もない。島を結ぶフェリーは週に4便のみ。南西諸島で最も九州に近い島々であると同時に、最も訪れにくい部類の島々でもある。

ただ、このような島にこそ魅きつけられるのは私だけではあるまい。「日本の秘境100選」にも名を連ねており、その不便さを謳歌せんと、多くの奇特な旅人が船路に心を躍らせたに違いない。

 


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1月8日。生憎の雨天であった。

鹿児島本港南埠頭の一角にあるフェリーみしま待合所は、出港2時間前から島へ渡る人で賑わっていた。コロナワクチン接種証明書を提示し、早々に乗船手続きを済ませる。

室内には、アフリカ発祥の打楽器「ジャンベ」が所狭しと並べられている。このジャンベは三島村のシンボル的存在として認知されているようで、みしまの船体にも描かれていることを乗船時に知ることとなった。硫黄島ジャンベスクールの日本校が開設された縁だという。

 


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8時30分に乗船開始。かなり新しく綺麗な船で、雑魚寝の大部屋ながら快適に過ごすことができた。船内でTシャツや焼酎の販売も行っている。

 

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乗船口のタラップの脇にはパンの移動販売車が横付けしてあり、船内放送でもこの旨が案内されていた。船内に食堂はない(食事用のラウンジはあるが)ため、この機会を逃してしまうと島に上陸して宿か商店に辿り着くまで食事を調達することができない。要注意である。

 


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9時40分、定刻通りに出港。小雨のぱらつく天気ながら、数人のご婦人が手を振って船を見送ってくれていた。

 

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1時間も経つと船は指宿の知林ヶ島沖に差し掛かり、開聞岳の秀麗な山容を右舷に望みながら進んでゆく。この辺りまでは種子屋久奄美群島へ向かう船と同じ航路であるが、佐多岬沖で南西に針路をとって三島へ向かう。

 


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12時30分、最初の寄港地である竹島に到着。無論、領土問題を抱えるあの島とは別物である。その名の通り島全域を大名竹に覆われている美しい島で、そのタケノコを名産品としている。

島の人々がジャンベを叩いて船を出迎える。数多の出会いと別れを彩ってきたであろうこの太鼓の音も、彼らにとっては他でもない日常なのだ。

生活物資を積み降ろし、十数分で船は再び艫綱を解く。

 


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竹島を出港すると、既に次の硫黄島(いおうじま)が見えている。戦争の舞台となった小笠原諸島硫黄島(いおうとう)との区別のため、薩摩硫黄島と呼称される。

盛んに噴煙を上げる活火山の島で、海中からの噴出物により海面が黄土色に染まる異様な光景を見ることができる。古名を鬼界ヶ島というが、古の人々が感じたであろう人智の及ばぬ得体の知れない恐怖を偲ばせる良い名前だと思う。

 


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最後の島は黒島。島の東西に2つの集落と港を持つ。三島村で唯一火山活動を起源としない島で、かつ最多の人口を有する。

 


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15時40分。島の西側、片泊港で下船。この日は1泊2日の航海スケジュールであったため、みしまは鹿児島側から見て最後の港であるここで碇泊して夜を明かすこととなる。

 


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明日の朝までお世話になる民宿「さら」さん。チェックインの前後で集落を散策する。

 


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港から1kmほど急坂を登った先にある三島村片泊出張所。港に待合所などはないため、乗船券もここで買うこととなる。あまりに初見殺しの立地だが、ほとんど平地のない断崖絶壁の島であるため致し方ない。ちなみに、三島村は役場を自村の領域外(鹿児島市)に置いている数少ない自治体の一つである。そのため、3つの島全てに役場の出張所という形で人員が配置されている。

 

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道中では小屋に繋がれた飼いヤギが草を食んでいた。南の島は何かとヤギに縁のある場所が多いが、この黒島も例外ではないようだ。

 

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黒島は飛行場を持たず、フェリーみしまが島外との唯一の交通手段となるが、片泊港の山手には簡素なヘリポートが設けられている。急病人が発生した際など緊急時のみに用いられるのだろう。

 

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一通り散策を終え、日没前後で少し釣りに興じることとした。

 


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釣果。オジサン(左)は南西諸島の小物釣りでは最もポピュラーと言っても過言ではない魚で、底近くに仕掛けを落とすと特に誘いなど入れなくても簡単に釣れてしまう。ミナミイソハタ(右)は初見の魚だが、色合いや鰭の模様がカサゴに似ており、堤防上に引き上げるまでハタだとは思っていなかった。20cmに満たないが、これでも成熟サイズという小型のハタである。

南の離島とはいえ、緯度自体は九州本土と大きく変わらない三島村。睦月の風は肌寒く、体が冷えきらないうちに撤収した。

 

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宿に戻り、家庭的な夕餉に舌鼓を打つ。刺身のイカは島のアオリイカで、宿のご主人が釣ってきたものだという。豊かな海と苦楽を共にする島の民宿ならではの楽しみである。

 

入浴を済ませ、しばらくTwitterを見るなどしてゴロゴロした後、早々に就寝。明くる日の早起きに備えた。

県境探訪 天狗高原@高知県津野町/愛媛県久万高原町

前回に引き続き四国の県境シリーズPart2です。

 

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タイトルの天狗高原より、四国カルストという名称の方がピンとくる方が多いかもしれません。愛媛と高知の両県にまたがって広がる日本有数の石灰岩地帯を四国カルストと呼んでおり、ここが県境であると実感できるような構造物はほとんどありませんが、その東端にあたる天狗高原の一角に県境を示す線が引かれています。

高知県側からつづら折りの山道をひたすら辿り、ようやく四国カルストの尾根に登り詰めた場所にそれはありました。

 

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場所は天狗高原唯一の宿泊施設『星ふるヴィレッジTENGU』の敷地内。文字の1辺が1mほどもあるため、Googleマップの航空写真にもガッツリ写っていて面白いです。

 

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すぐ近くに木でできた県境標識もあります。ちょっとした記念撮影スポットになっていました。

四国カルスト自体が絶景の連続で観光地として面白い場所なので、訪れて損はないと思います。ただ、残念ながら今シーズンは既に積雪により四国カルストに繋がる道路が全面通行止めとなっている模様。記事にするタイミングが悪すぎましたね。雪解けを待って県境巡りを楽しみましょう。

県境探訪 雲辺寺@香川県観音寺市/徳島県三好市

先日、丸々1週間かけて四国を巡ってきました。おでかけ頻度が減ると目に見えてネタ切れ感が否めなくなる当ブログですが、これでしばらくは間を持たせられるかも。

 

さて、今回はそれに関連して四国の県境をご紹介。四国八十八箇所、いわゆるお遍路の最高所にあたる雲辺寺(標高927m)です。

 

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このお寺の鎮座する雲辺寺山の稜線が香川・徳島の県境となっているため、境内に県境が通っているという実に面白い状況になっています。四国で最もご利益のありそうな県境と評するほかありません。

香川県側の麓からロープウェイがありますが、車でもアクセスできます。僕もロープウェイ代をケチって車で登りました。ただ、ヘアピンカーブが幾重にも連なる相当な山道なのでおすすめはしかねます。

行き違いもまともにできない箇所がほとんどですが、カーナビが「香川県に入りました」「徳島県に入りました」をひたすら連呼する道中では、きっと「自分は今県境をなぞっているんだ」という妙な高揚感が湧き上がってくること必至です。

 

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ようやく登り詰め、駐車場に車を停めて参道を10分ほど歩きます。参道の管理費用という名目で駐車料金500円を徴収されることになります。やっぱりロープウェイの方がよかったのでは…

 


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本殿は紅葉に彩られていました。良い時期に来たものです。お遍路さんもちらほら。

 


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そしてこれがロープウェイの駅付近に引かれている県境。これを見に来ました。

 


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山頂だけあって眺望も良好で、讃岐平野西部が一望できます。展望所の近くにも県境を示す標柱があり、自治体名は平成の大合併前の三豊郡大野原町、三好郡池田町となっていました。